『月の石』村で2011年05月20日

有松時代からの古くからのお客様、I様は「像」コレクター。

当店からも数年前にガネシャの石像と、ブッダの頭石像を買っていただいている。

その石像、小さなものじゃないのですぞ。

ガネシャの時は運送を日通に依頼したのだが、屈強な作業員が5人で積み下ろしをした。

 

そのI様から、今回はこんなご依頼を受けた。

「数年前買ったガネシャと同じくらいのサイズのガネシャを、もう2体欲しい」

【ガネシャ】
ヒンドゥー教の神の一柱。人間の身体に、片方の牙の折れた象の頭をもった神で、4本の腕を持つ。障害を取り去り、また、財産をもたらすと言われ、商業の神・学問の神とされる。

ガネシャ像といってもいろんなガネシャがある。

好みもある。

ガネシャを買ってくるのは難しいことではないが、それがI様の好みと合うのかどうか、また予算との兼ね合いもある。

そこで、こういう方法をとることにした。

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バリ島のバトゥブラン村。

バトゥは石、ブランは月だから直訳すると『月の石』村。

数キロメートルに渡って無数の石像が並ぶ。昔から石刻を生業としている人たちが何代にも亘って暮らしているのだ。

 

 

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バトゥブラン村でガネシャ像の写メを撮って、価格・サイズとともにI様の携帯に送信する。

その中から好みと予算に合ったものを選んでいただく。

本当は現物を見ていただくのがベストなのだが、そうもいかない。

あとはワタシの〝選像眼〟を信じていただくしかない。

さいわい、今までI様が購入された品々を見ると、ワタシと趣味が似ている。

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像ばかりではなくレリーフを彫る

ところも多い。

写真の石の材質はバリパラスと

呼ばれる石灰岩。

 

 

 

 

 

 

 

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バリパラスはやわらかい石なので

斧でざくざく荒削りをする。

 

 

 

 

 

 

 

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その後、彫刻刀で仕上げ。

 

 

 

 

 

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たくさんの彫刻刀、使ってるのね。

 

 

 

 

 

 

5月11日。バトゥブランへ行って炎天下の下、ガネシャを求めて歩き廻った。

たくさんのガネシャがあるが、全体のバランスの悪いもの、彫りの雑なもの、センスがちょっとなぁ・・と思うものもある。

それらをふるいにかけ、8体のガネシャの写メを撮り、I様に送った。

4体目の写メを送ったあたりで、眩しくて携帯の画面が見づらいやら、頭が混乱してきたやらで一時中断。

すると、I様からこんなメールが帰ってきた。

「ガネシャの写メを確認させていただきました。写メはこの4体で終わりですか?まだありますか?終わりならこの4体の中から選ばせていただきます。見ていると、どれも興味がわきます。購入は2体の予定でしたが3体欲しくなってきました。ナンバー2,3,4の3体です。特にナンバー3の天然石は魅力的です。ナンバー4の石は何ですか?練り石ですか?」

そう、〝石〟像といってもいろいろあるのだ。

I様の言う〝練り石〟とは、バリの砂を凝固材で固めたもの、つまりセメントのようなもので大きなブロックを作り、それを削りだしたもの。

それから天然石にもいろいろある。

グリーンストーンとかブラックストーンと呼ばれる硬くて重い石もあれば、バリパラスと呼ばれる石灰岩は蚤で削れるほどやわらかい。

それにしても、2体が3体になってしまった・・

I様の石像好きは筋金入りである。

返信した。

「ガネシャ、まだまだありますよ。炎天下でメールを打っていたらクラクラしてきました。ホテルに帰ってから整理して送ります。」

その日はバリを離れ、ジョグジャに渡り、ジョグジャのホテルにチェックインしたのは夜の11時だった。

それから残り4体の写メを送り、I様とのやり取りは深夜に及んだ。

 

翌々日、5月13日にI様からメールがあった。

「希望するガネシャは4体あります。ナンバー3,4,7,8です。」

ナヌ!4体!

すごいなぁ・・

そして、こうも付け加えられていた。2体の予定が4体になり、金額も大きくなってしまった。ついては値引きの交渉をお願いしたい。

もちろん、これからが交渉です。

石像に限らず、価格の交渉をするときは「この値段だったら買う」という価格を提示して、値引きを迫る。

相手がそれに応じず、交渉決裂という事もあるが、「わかった、その値段で売る」といわれ、交渉が成立したら買わざるを得なくなる。

まだ、どのガネシャをI様が選ばれるかわからない段階で、それはやりづらい。

だから、詰めの交渉はこれからなのだ。

 

1軒目はこのガネシャ。

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普通、ガネシャは座っている姿が多いのだが、コレは珍しい立像。

「ワタシの顧客はあなたの作ったこのガネシャを気に入っている。しかし、その値段では買えない。この値段だったら買うと言っている。」

相手はこのガネシャがいかに価値のあるものか、その値段が正等であるかを一生懸命の説明する。

ワタシは、そんなことオレに言われてもなあ・・てな顔をしてちょっと突き放した態度をとる。相手はあきらめ、OK・・と言った。

よし!1軒目完了!

W45×D30×H165㎝

 

 

次はコレ。

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I様が「特にナンバー3の天然石は魅力的です」と言ったガネシャ。

ワタシもこれが気に入っている。是が非でも手に入れたい。

「ワタシの顧客が、この値段なら買うと言っている」という作戦は、相手の説得をあきらめさせる有効な作戦だが、一方決裂したときは取り返しがつかない。

なので、このガネシャは失敗するわけに行かないので値段交渉も控えめ。

だが、意外とあっさりとOKが出た。

もう少し低めに言ってもよかったかな・・

 

W40×D40×H140㎝

 

 

 

次はコレ

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練り石ながら全体のバランス、彫りの具合がとても良い。

4日前にここに来たときは奥さんが対応してくれたが、値引き交渉をするとダンナを呼んできた。

こちらの希望価格を伝えると、夫婦でなにやら相談している。

結果、4日前の価格とこちらの希望価格の中間を提示してきた。

それでは買えない、あきらめて別のガネシャを買う、と言うと再び夫婦で相談。

ダンナが言った。

「OK」

3体目GET!

W40×D40×H110㎝

 

 

最後はコレ。

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一番難航したのがこのガネシャ。

ここの主人は昔っから知っているのだが、なかなか値段に渋い。

しかし最後はディスカウントに応じるのだ。

今回も思い切って大幅な値引きを要求した。

彼は驚いた顔をして「できない」と言う。

(いや、そんな顔をして、演技だろ)

と思いながら交渉を続けるが、全く応じる気配が無い。

ふとそのガネシャを見て気がついた。

(デカイなぁ・・)

4日前に見たガネシャよりもデカイ気がする。

「コレ、4日前に見たヤツ?」

「違う。4日前のはあっちだ。」

彼はこのバトゥブラン村に3つも工房を持っている。

そのうちふたつの工房は30メートルしか離れていない。

4日前に見たのは、その30メートル離れたところにあるガネシャだった。

さ、気を取り直して再び交渉開始。

しかし、相手は強気で・・交渉決裂か・・?

ちょっとウソをついた。

「私は、私の顧客に10枚のガネシャの写真を送った。彼はそのうちの6体のガネシャを気に入った。しかし、予算上4体のガネシャしか買うことができない。あなたのガネシャをこの値段で買うことができなければ別の工房にトライするように言われている。」

主人は地面を見つめ、頭の中で計算をしている。

ややあって・・

「・・・OK」

助かった!

 

この4体のガネシャ、日本に到着するのは8月頃。

さあ、どうやってI様邸まで運ぼうかな・・

持ち物2011年05月08日

めったに更新しないブログでスミマセヌ。

先日もある知人に

「もう、いい加減にしてくださいよ!毎日毎日開いてるのに全然更新しないんだから!」

と、怒られてしまいました・・

 

と言う訳で久しぶりの日記です。

 

明日から仕入れへ出発。

今回は 小松⇒羽田⇒新宿に一泊⇒成田 なので重たいトランクをガラガラ引きずりたくない。

空港までのトランク宅配便を使うことにした。

いつもは日通のペリカン便で送ってたんだけど、日通に電話するとこの事業は郵便局に移管しました、とのこと。

ゆうパックがやってるらしい。

出発日まで中2日みてください、と言われているので今日中に送らないと間に合わない。

あわてて荷物を詰める。

着替えや文房具などはバリに預けてあるので持っていくものは少ないのだが、その少ない荷物の多くを占めるのが取引先やドライバー君たちへの土産。

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ドライバーのカデ君の小一の息子、鉄工屋の小四の息子にはポケモンのTシャツ

 

 

 

 

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運送会社の女社長の子どもはピンクのお菓子が大好き

今回は木場潟の道の駅で買ったトマト大福。うまいのかな・・?

定宿のホテルのスタッフには黒豆羽二重餅

 

 

ジャワのドライバー、デニさんに梅酒を持って言ったことがある。

ふだん酒を飲まない彼だが梅酒はとても気に入ってくれた。

梅酒はこうやって作るんだ、と言うワタシの話を聞いて、彼はビンの中には入っていない梅の実に興味を持ったようだ。

そこで今回はコレ。

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白山比め神社の売店で売ってた

萬歳楽の『梅酒の梅』

 

 

 

 

 

 

そして、アルコール類を買うのが極めて難しい地域へ行くので忘れちゃならないのがコレ。

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宮崎出身のウチのスタッフ、フジタおすすめの芋焼酎 『さつま木挽』。

ガラス瓶は重くて割れる心配があるので紙パック。

 

 

 

 

 

 

 

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そしてレストランに紙パックを持っていくのは恥ずかしいので、その日飲む分を入れていくポケット瓶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、もひとつ無いととっても不便なのがケーブル類。

通関の際、商品の写真を添付しなければならない。

そのためデジカメをもって行くのだが、その充電用ケーブル。

そして、携帯の充電用ケーブル。

日本のソケットと形が違うので、コンセントのアダプター。

それから電圧の変圧器・・・

ゴチャゴチャとこんなになる・・

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それから・・

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あると何かと便利な圧縮袋

 

 

 

 

 

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今回作ってくる家具や金物の図面やスケッチ

 

 

 

 

 

おっと、忘れちゃならないのがコイツ。

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ナイロンタオル

・・・『忘れ物』

 

 

 

 

 

 

一丁あがり。

玄関でゆうパックを待つトランクです。

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2011年04月16日

散歩することくらいで、ほとんど無趣味のワタシが、趣味とはいえないが拘泥するものがあることに気がついた。

花見です。

桜の季節になると、気になって仕方が無い。

咲き始めの頃は、つぼみの状態をチェックしに行くし、咲いたら休日が待ち遠しい。

風が吹けば散ってしまうんじゃないかと心配になる。

 

昔、仕入れで海外に行って、桜を見逃したことがある。

開花の前に出発し、帰って来たらもう散っていた。

金沢駅から乗ったタクシーの窓越しに見えた、裸の桜の木に落胆したのを憶えている。

 

 

ところで、桜さんたちはスゴイと思う。

何がスゴイかって、だって一斉に咲くんですよ。

ケータイで連絡取り合ってるわけでもないのに・・

同じ場所に立ってる桜は、ほぼ同じ日に開花する。

気温の積算で開花する、と言う話を聞いたことがあるが、そのメカニズムはやっぱりスゴイ。

 

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上の写真は、最近見つけた花見スポット。

泉野の陸上競技場です。

今年は4月24日まで無料開放しているそう。

競技場のトラックの周りには桜が立ち並び、壮観です。

飲食もOK。

ただし・・

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アルコールはダメ!

ワタシの中では花見と酒はセットになっているのだが、この日は夜に会合があったので酒を飲むわけに行かなかった。ちょうどよかった・・

 

今、満開。

次の休日まであと5日。

5日間は風も吹かず、寒い日が続けばいいと思う。

そして5日目には温かな日差しの下、少しの風が吹いて花びらがハラハラと散る。

間違っても大人数で騒いではいけない。

ズボンの尻のポケットに突っ込んだウイスキーの小瓶をチビリと飲りながら、あの桜の下には骸が埋まっているのだ、などと思うのだ・・・

39.9℃2011年03月09日

ムスコがインフルエンザに罹った。

夜、寝る前に熱を測ると39.9度。

ムスコは熱に強い体質だが、さすがに辛そうだ。

 

 

人によって熱に強い、弱いがあるようだ。

私は強いほうだ。

38度くらいの熱だったら、まちょっとだるいけど、普通に生活できる。

カミサンは熱に弱い。

37度くらいになると、死にそうになる。

 

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以前、ムスコが風邪で学校を休んだとき担任のK先生が心配をして電話をくれた。

「シンタ、具合はどうですか?」

「ハイ、熱は38度くらいなのでたいしたことはありませんが・・」

と言うと、K先生は

「え!38度!僕だったら死にそうですよ!」

どうやらK先生も熱に弱いタイプらしい・・

 

 

K先生、たぶん明日も心配して電話をかけてくるだろう。

39.9度と言ったら驚くだろうなあ。

39.9度・・

なんとなく惜しい。

あと0.1度上がれば40度。

インパクトあるよな・・

40度です!、と言ったらK先生、驚くだろうなぁ・・

 

「シンタ・・もう1回測ってみっか・・ もうちょっと頑張れば40度だぞ。」

ムスコは弱々しい声でこう言った・・

 

「・・意味わかんねえし・・」

「ちょっと・・むずかしい・・」2011年02月21日

中東のリビアで反体制デモが激化している。

今日の新聞には「死者250名」なんて書いてあった。

「リビア」で思い出す人がいる・・

 

 

ワタシは大学生の頃、空手部だった。

1年生か2年生の頃、はっきりと思い出せないのだがいずれにしても下級生の頃だ。

私の通っていた大学に黒人の留学生がいて、彼は日本の文化というか、精神的なものに興味があって、空手を体験してみたいという事だった。

そして、我が空手部に体験入部をしてきた。

母国はアフリカで、確かリビアだった。

名前はラベラさんと言った。

アフリカの黒人というと精悍なイメージがあるが、彼はそうではなかった。

少し太めの体形に加えて、運動能力もあまり高くは無かった。

当時30歳くらいだったと思うが、一緒にランニングをするとゼイゼイハアハア言っていた。

走り方を見ていても我々が思い浮かべる黒人の動きではなかった。

空手の覚えも悪かった。

でも、いつも一生懸命だった。

 

彼は下級生扱いで、私たちと一緒に着替え、道場の掃除をした。

彼の背中にはやけどの様な痕があった。

それは規則正しく並んでいた。

直径1センチくらいのやけど痕が、だいたい15センチ間隔で模様を描いていた。

その模様について、ラベラさんに尋ねることはできなかった。

我々はきっとなにかの儀式の痕だろうと噂した。

ラベラさんは恐ろしく勉強熱心だった。

朝6時から予習をはじめ、大学の授業が終わると国会図書館で閉館まで勉強する、と言っていた。

そしてアパートに帰るとまた勉強・・

日本語も上手で、アホな体育会学生だった私たちの知らないような日本語のことわざまで知っていた。

「立て板に水」というのを英語ではこう言うんだよ、なんてコトも教えてくれたが、すぐに忘れた・・

 

 

稽古の終わった後、ときどき道場で車座になって酒を飲むことがあった。

我々下級生がビールを買いに行った。

ラベラさんも胴着を着たまま、一緒に近所の酒屋へ行った。

稽古のときは我々下級生と同じように尻を蹴られていたラベラさんは(実際は先輩たちは遠慮がちに蹴っていた)、しごかれ仲間の我々に親近感を持ってくれていたようだった。

酒屋への行き帰りにとても楽しそうな笑顔を見せてくれ、いろんな話をした。

 

 

あるとき、誰かがラベラさんにこう尋ねた。

「ラベラさんは、国ではどんな仕事をしてるんですか?」

彼は国費留学生だった。

ラベラさんの話では中学を卒業するのは3割の子どもで、国民の識字率は5割以下だといっていた。

そんな国で国費留学というのはよほど優秀な人なんだろうな、とは思っていた。

「日本で言うと大蔵省のようなところです」

官僚とは縁の無いバカ学生の我々は畏敬の念を持って

「おぉ~!」

と言った。

別の誰かがその場のちょっと緊張した空気を和ませるように冗談を言った。

「じゃ、将来は大蔵大臣?」

ラベラさんはこう答えた。

「たぶん」

また、皆がどよめいた。

別のバカ大学生が訊いた。

「そ、総理大臣になれる・・?」

ラベラさんは少し考えてからこう言った。

「・・ちょっと、むずかしい・・」

その答えが出るまでの2~3秒の間に、彼は何を考えたのだろう。

「ちょっと、むずかしい」ということは可能性としては有るってことだ。

思わぬ展開に、調子に乗ったバカ学生たちは 「ラベラさんの国にキャバレーって、あるんですか!?」とか、くだらないことを訊きながら彼の周りでピョンピョンはねていた。

ラベラさんも楽しそうだった。

 

もう、30数年前の話だ。

きっと今頃は国の要職についているのだろう。

そのリビア政府は民主化を要求しているデモ隊を徹底弾圧していると言う。

ラベラさんも弾圧している側にいるのかと思うと気持ちが暗くなった・・

 

ところで、リビアってどこら辺にあるのだろう。

息子から「ドラえもんのせかいちず」を借りてアフリカの地図を眺めた。

聞いた事も無い国や、名前だけは知っている程度の国がたくさんある。

その中に「リベリア」という国を見つけた。

リベリア・・記憶の中からその単語が浮かんでくる・・

そうだった!ラベラさんの国は「リビア」ではなく「リベリア」だった!

語感が似ているのと、アフリカの一国だということで「リビア」だと思い込んでいた。

なんとなく心が軽くなった。

 

では、ラベラさんの母国、リベリアってどんな国なんだろう・・ネットで調べた。

そこにはこんなことが・・

「1983年から2003年にかけて断続的に引き起こされた内戦により、戦争一色の無秩序な国と化した」

私たちがラベラさんと一緒に尻を蹴られていたころは1977、8年頃で、内戦が勃発した1983年はその5年後。

 

ラベラさんはあの後、どんな人生を歩んだのだろう・・

想像です2011年02月10日

「マデ、おれ明日、日本へ帰るよ。世話になったね。いろんなトコ、バイクで連れて行ってもらったし、楽しかったよ・・」

「ソーカ、ワタシ、カワイソーネ・・」

「ん~、かわいそう、じゃなくてサビシイって言うんだよ、こういうときは。」

「ソーカ、サビシーネ。マタフタタビ バリニ キテホシイ・・」

「ウン、また来るよ、必ず。マデも元気でね。」

「テリマカシ」

「サマサマ」

「ワタシ、アキオニ オネガイ アリマス」

「なに?」

「ワタシ、ドライバーノシゴト モット ニッポンノ ツーリスト オキャクデ クダサイネ。ダカラ ニッポンゴノ カンバン ツクリタイデス。」

「オ、それはいい考えだね!」

「イーカンガエ・・ ?」

「グッド・アイデアってこと。」

「アキオ、〝TAXI SERVICE〟ト〝BIKE RENTAL〟、ニッポンゴデ オシエテホシイ。」

「日本語で書けってことね。OK,OK。
ノートとペン、ある?
えーと、・・ タ、ク、シー、サー、ビ、ス・・ と・・・ バ、イ、ク、レ、ン、タ、ル・・と・・これ!
〝シ〟と〝ツ〟は似てるから気をつけて・・あ、そうそう、〝ン〟と〝ソ〟も間違えやすいからね。
ちょっと書いてごらん・・ハハハ、それじゃタクシーじゃなくて〝たくつー〟だよ。」

「ニッポンゴ、ムツカシーネ・・ デモ コレデ カンバンツクッテ ニッポンノ オキャクサン バニャバニャ ネ。」

「頑張ってね。それじゃ、サンパイ・ジュンパ・ラギ!」

「マタ フタタビ アイマショウ・・」

 

 

 

 

 

バリ島、ウブドで見た看板です。

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