サンマの季節2011年09月19日

サンマが旨い。

この時期、ワタシは毎日サンマでもいい。

先日、「今日はサンマ食いたい!」 と思ってスーパーに入った。

時間が遅かったのもあって鮮魚のコーナーには頭を落とされ長さを半分に切られたパック入りのサンマしかなかった。

どうせ頭は食わないし、半分に切れてる方がグリルで焼きやすい。

家に帰ってパックからサンマを取り出すと、なんという事か、はらわたまで抜かれている

バカな・・

あのほろ苦いはらわたが旨いのに。

二度とパック入り、「調理済」というヤツは買わん!

 

大根おろしにスダチを搾り、醤油をちょいとたらし、はらわたの上に乗っけて口へ運ぶ。

ああ、書いてるだけで唾がわいてくる。

 

 

 

33、4の頃、それまで11年間勤めた出版社を辞め、ワタシはフリーター生活をエンジョイしていた。

もう、20年近くも前のことになるのだなあ。

居酒屋でバイトをしたり、トラックの運転手をしたり、時間を作ってはベトナムに旅行に行ったりしていた。

 

ホーチミンの路上でフォー(ベトナムのスープ麺)の朝飯を食べた。

すると、近くにいた同じくフォーを食べているおばさんが、身振り手振りで食べ方を教えてくれる。

ちっちゃいテーブルの上には何種類かのハーブと香辛料、ライムなどが用意されている。

おばさんは私のフォーの上にドッサリとハーブを載せ、ライムを搾り、輪切りの生唐辛子を入れてどんぶりの底からひっくり返すようにグッチャングッチャンに混ぜる。

は~、そーやるんすか。

おばさんは満足そうに、どうだ、こうするとウマイだろ、という顔をしていた。

 

 

ベトナムから帰ってくると、ワタシは池袋の居酒屋のバイト生活に戻った。

小さな居酒屋で、なかなか楽しい職場だった。

場所柄、外人も多かった。

ある時、白人の二人連れがテレビカメラを抱えて入ってきた。

注文を訊きに行くと日本語は全くできない。

片言の英語で尋ねてみると〇〇から来たテレビクルーで、△△を取材してきたらしい。

ここの〇〇と△△のところが思い出せない・・

憶えているのは、彼らが「サンマ定食」を頼んだこと。

そして、彼らはヨチヨチと割り箸でサンマをつつき、ライスを食べた。

だがな、それじゃダメなんだよ!

なぜなら皿の上には手付かずの大根おろしが・・

あ~もったいない。

ワタシは彼らのところへ行き、口で説明しようと思ったがすぐにあきらめ、こーするんだよ、と大根おろしに醤油をたらしスダチを搾って、イート・トゥギャザー、一緒に食べろと教えた。

 

ああ、ベトナムのおばさんはこんな気持ちだったのだな。

 

サンマの季節になると思い出す。

太陽光発電2011年09月01日

家具の記事を書こうと思って飲み友達のN氏の家へ行った。

N氏は今年家を新築した。

それにあわせてつばきやの家具を注文してくれたのだ。

製材所が母体の住宅会社に勤務するN氏の家は、無垢材がふんだんに使われている。

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まず玄関を入ると分厚いヒノキの一枚板が立っている

 

 

 

 

 

 

 

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それでもって階段も国産松の無垢材

 

 

 

 

 

 

 


N氏がデザインしたTVボードはなかなか好評で、先日もあるお客様から 「この型で、ワイドが180cmあるものを作ってほしい」 と注文を受けた(N氏オリジナルは160cm)。

デザイン料払わなきゃな・・

 

そのTVボードがこれ。

 

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手前の座卓もつばきやのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずはTVボード本体

これ。

 

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中央の扉は下開き。

これはN氏オリジナルの型。

全部で6台作りましたが、他のはこの扉はなく、オープン。

 

 

 

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そしてTVボード上部。

これもN氏オリジナル。

 

 

 

 

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2枚ある扉は上開き。

 

 

 

 

 

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キッチンの水屋も・・

 

 

 

 

 

 

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食器棚も・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新築の図面の寸法に合わせてオーダーしていただいた。

 

 

その、キッチンとリビングの間の壁に以前はなかったモニターが・・

コレ なに ?

尋ねると、太陽光発電のモニターだと言う。

最近、太陽光発電と言う単語を良く聞くが、実際に見たのは初めてだった。

 

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ピンボケの写真で見にくいと思うが、表示されているのは現在のN氏邸の電力状況。

 

現在の太陽光パネルによる発電量が・・・0.27KW

現在のN氏邸の消費電力が・・・2.23KW

その差、足りない 1.96KW を北電から買っている、という事らしい。

当日は雨もよいの曇り空。

晴れた日には当然発電量が増えて、消費電力を上回り余った電力は北電に「売る」らしい。

売るったって使用電力と相殺されて電気料金が安くなるって事でしょ、と言ったら、いや、売電が上回った月はその差額が銀行口座に振り込まれる、という。

なんとN家では先月、約2万円の振込があったらしい! (ただし、夜間電力料金の約5千円は別に支払わなければならない)

「家具」の記事を書こうと思ってN氏邸に来たのに、興味は太陽光発電に行ってしまった。

 

屋根の上に太陽光パネルを敷いた図は何かで見たことはあるが、実際に見せてもらうことにした。

 

 

N氏邸はロフトから屋根に出られるのだ。

大人はちょと遠回りをして屋根に出なくてはならないが、末っ子のコースケは全開にならず、少ししか開かないこの窓から・・・

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こうやって・・

 

 

 

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外へ・・

 

 

 

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出られるのだ。

 

 

 

 

 

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N氏邸の屋根の上の太陽光パネル

 

 

 

 

 

 

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そこで取り入れた太陽光エネルギーをこの変換機で電気に換えて・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにコレは1日の発電と消費量のグラフ。

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こんなのもモニターに出るのだ。

太陽光が強く、家人のいない昼間は完全に発電量が上回っている。

 

 

下世話な質問をした。

「ホントに太陽光発電は得なのか」

だって、設置にカネかかるでしょ?

 

建築士の肩書きを持つ住宅会社の営業マンであるN氏はこの太陽光発電のシステムを自ら販売している。

売るからには自分で使ってみなくては、と言うわけだ。

客ではないワタシの質問に正直に答えてくれた。

①最近の新築は、ほとんどがオール電化仕様なので太陽光発電を導入した場合、エコに貢献する意味はあるが設置工事費を勘案すると金銭的な利益は少ない場合がある。(導入した場合、どれくらいお得なのかN氏の会社でシュミレーションしてくれる)

②ガスを使っている家庭が太陽光発電を導入するとガス代が無くなるので、設置工事費を払っても利益がある。

 

そうか、そーなのか・・

 

突然の訪問にもかかわらずN氏の奥様がウマイお料理をを振舞ってくれた。

中学生の長女ミツキちゃんと、長男シュンスケ君も学校から帰ってきた。

子どもたちはあわただしく夕食をとると、奥様の車でトランポリンの練習に出かけた。

テレビチャンネル権の順位の低い三番目のコースケは上の二人が出かけると、やっと自分のやりたいウィーができて嬉しそうだ。

 

皆が出かけた後もズーズーしく長っ尻で酒を飲むワタシは、酔った頭で考えた・・

 

「だだっ広いガラス張りの温室が屋上にあり、風呂もレンジもガスの我が家。太陽光発電にすっかな・・」

 

N(長尾)氏のブログはこちら・・・ウィッシュホームのスタッフブログ

 

追記

そうそう、忘れてた。

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太陽光発電してると停電になってもコッチのコンセントは「生きてる」のだ

踊るカミサン2011年07月25日

19の時に強烈な個性を持ったダンスの指導者に出会い、大学を中退して踊りの世界に入ったウチのカミサンはワタシと結婚するまでの約十年間〝踊り子〟として生きてきた。

〝ストリートパフォーマー〟なんぞといってパリやニューヨークの路上で踊っていたこともある。

学習院大学を中退してダンサーになった変り種として (信じ難いことに彼女は学習院だったのだ)週刊誌に取り上げられたこともあった。

朝から晩まで東京で〝踊り漬け〟の日々を送っていた彼女だったがワタシと結婚し、ワタシの転勤で名古屋に移ってからは踊りから離れた。

舞台というのは音響さんや衣装さんなどの大勢のスタッフとの共同作業なので、活動の地盤である東京を離れるとその活動を続けるのは難しかったようだ。

 

 

その後、ワタシの勤務地は名古屋から富山へ、そして金沢へ移った。

金沢で、それまで勤務していた会社を辞め、独立して店を始めた。

 

 

今でこそ家具が中心の店だが、当時(14年前)はアクセサリーや雑貨、女性の衣料等もよく売れた。

夫婦で海外に仕入れに行った。

気候風土も、その地の人々も、食べ物も、それぞれの国の伝統的な素材で作られた品々も、すべてが輝いて見えた。

 

刺激的な日々だった。

 

 

 

結婚してからしばらく子どもができなかった。

我々は二人とも、子どもはできなくてもいいと思っていた。

「動物の生きる目的は繁殖だが、人間の生きる目的は幸せの追求である」

と言うのが持論だった。

子どもができたからといって、幸せになるわけでもない。

だが思いがけず、6年目に子どもができた。

彼女は妊娠7ヶ月まで海外に仕入れに行き、ムスコが生まれてからは生後3ヶ月から連れて行った。

ムスコのパスポートは5歳までに、ほとんどのページにスタンプが押された。

 

 

7年前、東京に住む彼女の父君が金沢に来た。

肺ガンだった。

金沢の済生会病院には緩和ケア病棟というのがある。

抗がん剤の投与や手術などを行わず、ガンの症状を和らげながら〝安楽なケアを目指す〟とある。

父君はそこへ入院したのだ。

彼女は店の仕事や家事の合間を縫って、園児だったムスコを連れて済生会病院へ通った。

日々の多忙に加え、治癒する見込みのない父親の病に心身が磨り減っていた。

 

父君は孫の来訪を喜んだ。

病状が進み、歩くことが趣味だった父君が車椅子になった。

それでも孫に車椅子を押してもらうと

「いや~、熱海のおじいちゃんたち(私の両親)に、なんか悪いなぁ・・」

と、孫を独占できる幸福に相好を崩した。

素晴らしく前向きな、希望を忘れない父君だった。

その父君も翌年の10月に他界した。

 

 

 

有松でスタートした店も10年で一区切り、野々市へ移転した。

野々市の店もいろいろな試行錯誤をくり返し今のスタイルになった。

 

 

子どもが10歳になった。

ついこの間生まれたのに、もう10歳だよと夫婦で話したものだが、この10年はいろいろなことがあった。

 

濃い10年だった。

 

 

 

2年前カミサンがフラメンコを始めた。

きっかけはカルチャーセンターのフラメンコ教室だったが、やっぱり・・夢中になった。

どんなに体調が悪くても稽古に行く。

身体を動かすのが辛い時は、見ているだけでもいいのだそうだ。

稽古の無い日も、我が家の畳に敷いたコンパネの上でステップの練習をしている。

カミサンの部屋からカスタネットの「カタタ、カタタ・・」という音が聞こえてくると、ムスコとワタシはまた始まった、と顔を見合わせ苦笑いをする。

 

 

カミサンはある日、自分で舞台をやる、と宣言した。

フラメンコを初めて2年。

稽古場には10年選手がゴロゴロしてるというのに。

 

しかし宣言してからのカミサンの行動は早かった。

会場の手配、出演者の手配、チケットの印刷、音響さんやスタッフの手配etc・・

ブルドーザーのように突進した。

そして・・

 

 

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今回の会場は木工ギャラリーの「工人」さん。

 

 

 

 

 

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会場の準備。

舞台となる場所に敷くコンパネや、借りてきたパイプ椅子を搬入したり・・

 

 

 

 

 

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踊り子さんたちもスタンバイOK。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ムスコもスタッフで活躍・・してたかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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会場時間が迫り、ざわざわとした雰囲気が高揚感を誘う。

なんと、会場は満席になり、ワタシを含む何人かは立見だった。

 

 

 

 

 

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始まる前まではまではなんとか撮れたのだが、肝心のカミサンが踊っている写真がみなピンボケだ。

コンパクトカメラだかんな・・

いや、そういう問題じゃない・・

 

 

あ、そうそう、happyさんのブログで上手く撮ってもらっていた。

happyさんのブログ 「しあわせ」家族でいるために」 ・・・ 「フラメンコ at KOUJIN」

 

 

 

 

いろんな事が一段落したのかも知れない。

 

日々の忙しさに追われているワタシには見えなかったが、カミサンの〝女の感〟がそれをキャッチし、踊りの虫が動き始めたのだろう。

ごめんよ2011年07月14日

おとうさん、・・ああいうのはちょっとやめてほしいな・・

 

ムスコはこんなブログ見ないと思っていたのだが、オジイチャンのところで見たらしい・・

ウ〇コをしながら本を読んでいる画。

星 新一2011年07月07日

ムスコが学校の図書館から本を借りてきた。

運動も勉強もフツーのムスコだが、本を読むのは好きなようだ。

ちょっと前は はやみねかおる という作者の学園小説を、最近はコナン・ドイルのシャーロック・ホームズのシリーズにはまっていたが、今回借りてきたのは 星新一

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いや~、懐かしいなあ

和田誠さんの挿絵も昔のまま

ワタシも子どものころよく読んでました

 

 

 

 

ショートショートという、原稿用紙にして10数枚程度の小説形式で、最後は思わぬ結果になる。

面白かった。

夢中で読んだ記憶がある。

しかし、私が子どもの頃だから、もう40年以上も昔のことだ。

こんなにも長く支持されているのか・・

ところで、この本はいつ頃書かれたものなんだろ。

奥付を見ると〝2002年 初版〟とある。

なぬ!

結構、最近ではないか!

星新一はいったいいくつでコレを書いたのだ!

 

さっそく、『星新一』で検索してみた。

『星新一 公式サイト』をのぞいてみた。

それによると、星新一は1997年に71歳ですでに他界されているようだ。

奥付の〝2002年 初版〟というのは彼の書いたショートショートを再セレクトして作られたものを発行したからのようだ。

 

それにしても50年以上に亘って(商業誌デビューは昭和32年とある)子どもたちを魅了し続ける〝寓話作家〟(本人はこう呼ばれることを好んだそうだ)、偉大である。

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ウ〇コをするときも星新一を読み続ける・・

学校の勉強もこうだといいのになあ・・

あぶない男2011年06月18日

つばきやの男性スタッフ、フジタ。

宮崎県出身、独身32歳、彼女あり。

「フジタの得意技」

将来、自分でつばきやのような店を持ちたいと思っている。

真面目で、物覚えもよく、器用だ。

主に、ワタシと共に家具の組み立てや研磨、塗装などをしているが、接客をさせても上手い。

夕方の6時までつばきやで働いているが、将来の店のために夜は居酒屋でバイトをしている。

そこでの働きぶりもきっと良いのだろう、最近は店長の居ない時に代理のようなことをやっているらしい。

 

だが・・・

彼には、実は、アブナイ一面がある。

 

以前、ワタシと一緒に配達へ行った帰りのこと。

社内のラジオから、パチンコの景品交換所が襲われ2000万盗られた、というニュースが流れてきた。

それを聞いたフジタが小さくつぶやいた。

 

「・・・うまいことやりやがったな・・・」

 

 

先日、警備会社に強盗が入り、6億円が強奪されたというニュースは皆さんもご存知のことと思う。

そのことについて、フジタと妄想を膨らませた。

もし、6億盗ったのが、警察に自分(この場合、ワタシかフジタ)だと判明していてどうやって逃げるか。

当然、指名手配されている。

友人・知人・親戚のところへはすでに手配されているから行けない。

偽名を使ってホテル、旅館を泊まり歩くか。

指名手配されているので、それもリスクが高い。

まずは現ナマ6億を持って歩くのはしんどいのでどこかに隠す。

どこに隠すか。

どこかに埋める。

空き地はすぐに開発されてしまう。

そうだ、神社はどうだ、まず開発されることは無い。

それに、お参りを装って毎日チェックに行ける。

 

寝泊りはどうする。

アパートやマンションを借りるのも身分証、住民票、保証人を求められるから難しい。

ウィークリーマンションも同じだ。

 

不良外人がたまる〝コンテナ〟と呼ばれるところが日本全国に200ヶ所あるらしい。

盗難車を解体して、東南アジアやロシアに輸出するところらしい。

そこから車を現金で買って、その車で移動しながら暮らそうか。

車があれば6億も持ち歩ける。

しかし、おびえながら狭い車の中で暮らすくらいなら、普通の平穏な生活をしていた方が幸せだよな、という、なんとなく結論めいた話を私がしたとき、フジタはこう言った。

 

「強盗傷害の時効は7年ですから、7年ガマンすれば6億自由に使えるんなら・・自分、ガマンできます・・」

アブナイやつ。

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