鉄工屋 ダナ・プトラ2013年01月22日

つばきやのアイアン製品のことは今までに何度も書いてきたのでご存知のことと思いますが、作っているのはこの人です。

1月9日から約1週間、商品発注のためのインドネシア出張。

主に家具が中心だけど もちろん件のアイアン製品も頼まなくっちゃ、という事でまずは初日に鉄工屋の彼と打ち合わせ。

1

新しく思いついた金物の図面を渡し、数日後までにサンプルを作ってもらうのです。

打ち合わせ場所はワタシの泊まっているホテルのロビー。

彼は奥さんと小さな男の子を連れてきた。

2

2年ほど前に新しい奥さん(二番目)を連れてきたことがあったので、ああ、子どもができたんだなと思ったら、今日の奥さんは2年前の奥さん(二番目)と違う!

という事は三番目?

前の奥さんと違うよね、と訊くと彼はあらぬ方を見ながら小さな声で

「長い話になる」

と言った。

出張の時につけている日誌を辿ってみると、彼が二番目の奥さんを連れてきたのが23年5月15日。

今日連れてきた子供の歳が1歳半と言っていたので、二番目の奥さんを連れてきた頃に三番目の奥さんとの間に子供が生まれたことになる。

そりゃ長い話になるわな・・・

ところで彼との付き合いも、かれこれ7~8年になる。

いつもこちらの要求に対して期待以上に応えてくれ、値段も適正な数字を言い、ふっかけてくることがない(東南アジアでは極めて稀なことなのです)。

だからこちらも値切ることなく金を払う。

そんなことがお互いの信頼関係を築き、彼はワタシが渡した札の枚数を数えることもしない。

原材料が上がったので価格を上げたい、と言われれば私も黙って応じる。

しかし、付き合いが深くなるほど訊けないこともあるのです・・

彼は以前 『ダナ・プトラ』 という名前の、小売りの店を持っていた。

彼自身がデザインしたアイアン製品を売っていた。

当時、彼の店の商品を少量ずつ買っていたワタシに応対してくれたのは若い女性スタッフだった。

そのうちにキャンドルホルダーなどの小物アイアン製品を、ワタシのデザインで作ってもらうようになった。

そのころから担当が女の子からオーナーの彼になり、そして彼は小売りの店をやめ製造一本に軸足を移した。

たぶんそのころに彼の名前を聞いたのだが、彼と会うのは年に2~3回。

次の数か月後の商談までに彼の名前を忘れてしまった。

彼もワタシもお互いに、相手が重要な取引先になるとは思っていなかったからかもしれない。

いつも彼とコンタクトを取ってくれるドライバーのカデ君にも訊いてみたが、カデ君も忘れてしまったらしい。

二人で、いまさらきけないよね、と笑ったが とくに名前がわからなくても取引に差し支えはない。

ワタシとカデ君の間では彼のことを、店の名前をとって「ダナ・プトラ」と呼んでいる。

彼の本名がわからないまま7~8年付き合っている。

彼は最初の奥さんとの間に、ワタシのムスコと同い年の男の子がいる。

ポケモンのTシャツや、トミカのミニカーを土産で持って行った。

ある時、そのころ日本で流行っていたベイブレードという現代版ベーゴマのような玩具を買っていった。

彼は、いつものような笑みの無い、ちょっと複雑な顔でありがとうと言った。

その次の訪問時、二番目の奥さんを連れてきた。

先日、彼が三番目の奥さんを連れてきた時に 息子はどうしてる? と訊いたら、今は離れて暮らしていてジャワにいるらしい。

「トシ(ワタシのことです)。シンチャンは元気か」 と、会ったこともない私のムスコの名前を憶えてくれているのは、離れて暮らしている自分の子どもと同い年だからかもしれない。

元気だよ、と答えるワタシはいつも心の中で(スマンなぁ、君の名前も子どもの名前も忘れてしまって・・)と、謝っているのです。

3

連れてきた子どもお名前は 〝セプタ〟(Septa)。

カデ君によるとジャワ語で〝7〟のことらしい。

7月生まれなのかもしれないし、もしかしたら上に6人いるのかもしれない。


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